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The Distance Between Zero And One vol.3


スクエアプッシャーは父親がジャズドラマーであったこともあり、幼いころから音楽に親しみ12歳のころにベースを始め、次第に電子音楽に興味を持つようになり、演奏活動と並行して音楽制作を開始します。

 

1996年、彼の1stアルバム「Feed My Weird Things」はテクノ界の超大物エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスらが率いるRephlex Records(リフレックス・レコーズ)というレーベルからリリースされ、その翌年には2ndアルバム「Hard Normal Daddy」を現代のミュージックシーンの中で最も重要なレーベルの一つであるWarp Records(ワープ・レコーズ)からリリースします。これによりスクエアプッシャーの名前は世界中に広まりました。

Squarepusher‐Squarepusher Theme

 

2ndアルバムを発表した年には来日しライブを行っています。1st、2ndアルバムでは紹介した動画のようなブレイクビーツを基調としたいわゆる打ち込みの曲が多いのですが、打ち込みの曲でどのようにライブをしたかというと、ステージの上で曲を流して、機材をいじりつつ、ベースを弾きまくるというスタイルでした。この時、スクエアプッシャー君わずか22歳。若いです。そのライブ映像はこちら。

Squarepusher – Cooper World (Live)

動画を見ていただくとお分かりになると思いますが、ベースもかなりの腕前です。彼のベースはジャズやフュージョンからの影響が顕著に出ており、その中でもJaco Pastorius(ジャコ・パストリアス)に影響を受けたと自身も公言しています。2009年にはソロベースのアルバムを発表しており、アルバムを発表する前にスクエアプッシャーはベース1本だけのソロベースコンサートも行うほどです。

そのベースソロコンサートの動画はこちら。

先ほどベースはかなりの腕前といいましたが、もうかなりどころの騒ぎではないのです。 これほどのベースプレイヤーとしてのスキルも持ち合わせていながら、エレクトロニックミュージシャンとして楽曲を発表し続け、そのバランスが取れている彼は異常だといっても過言ではありません。

 

今回のコラムではスクエアプッシャー初期の作品を中心にご紹介していきましたが、実はこれら初期のアルバムはコンピュータを使わずにドラムマシン、サンプラー、マルチトラックレコーダーなど、その当時にとっては比較的チープな機材で製作されています。これらの機材で音楽制作をすることはさまざまな制限があるのですが、彼はあえてその制限された状況に身をおいて、機械と向かい合い、向かい合うことで「機械」の可能性と「人間」である自分自身の可能性を互いに高めあっています。

Squarepusherが作り出す音楽は決して新しい物好きのミーハーな音楽ではなく、過去のミュージシャンからの流れを汲んだ現代のひとつの音楽の形であり、「機械」と「人間」の中間を表現しようとした彼の挑戦でもあるのです。

彼の挑戦はこの後も続き、数年後にはついにPCも製作に導入するのですが、そのお話はまた今度。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




okumurajunpeiライター:奥村純平
京都府出身。小学校4年生のころ、担任の先生にドラムを教わったことからきっかけにドラムを始める。中学高校時代は吹奏楽部に所属し、大学在学時に音楽活動をスタートさせる。現在はジャズドラマーとしての活動のほか、自身が傾倒する電子音楽の活動への道も模索中。

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― 連載コラム:The Distance Between Zero And One ―
・ The Distance Between Zero And One vol.2
・ The Distance Between Zero And One vol.1


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